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2022年03月11日

せんせいのたまごセミナー~こどもが楽しく分かる社会科授業

フィールドワーク その4(2021年11月30日のつづき)

本日は、フィールドワーク第4弾です。
フィールドワークについて取り上げ続け4回目となりました。
なぜ、フィールドワークを取りあげるのか。
社会科授業を実践するためには欠かすことができないからです。
今回は、京都を離れ、筆者の地元の「明石城」を取りあげてみたいと思います。
二つの櫓が現存しています。

南から撮影した明石城

(筆者が南から撮影した明石城)

「明石城は、1619年に、江戸幕府2代将軍徳川秀忠が費用を出し、明石藩初代藩主小笠原忠政(後の忠真)により築城されました。」
すっと読み飛ばしてしまいそうな説明です。
しかし、おかしいのです。
「江戸幕府2代将軍徳川秀忠が費用を出し・・・」というところがです。
なぜ幕府が費用を負担し、明石藩の城を築いたのでしょうか。


この地形図は、国土地理院が公開している「地理院地図」を基に、筆者が作成したものです。
地形図
北が上向きに描かれています。
真ん中の黄色の丸が明石城です。
東から北東にかけて延びる丘陵は、六甲山からつながる台地です。
その台地の突端に当たる位置に明石城は建設されています。
明石城の西には明石川が海へと流れ込んでいます。
明石川が天然の堀となります。
地形から見れば、西からの攻撃に備えた城であることがよく分かります。
写真を細かく見ると櫓の向きも、西と明石海峡を意識していることが分かります。

東から撮影した明石城

(筆者が東から撮影した明石城)

明石城が建設されたころは、1615年の大坂の陣で豊臣家は滅んだものの、まだ西国には豊臣恩顧の大名が残っていました。
特に、広島には福島正則がいました。
その備えとして、姫路城・明石城・尼崎城・大坂城と何段にも備えた防御を、将軍直々に考えていたのです。
地域のお城である明石城を教材として、江戸幕府の幕藩体制について学習することが可能になります。

これも、フィールドワークの成果です。

今回の内容は、兵庫県明石市内の小学校の先生の実践を基にしています。
以下の論文に詳しく説明されていますので、興味がある方は読んでみてください。

石田誠・米田豊(2021)「城の『位置』と「つくり」から幕藩体制を読み解く小学校歴史学習-江戸時代に築かれた『明石城』を事例として-」兵庫教育大学『学校教育学研究』第34巻 pp.157-166




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Posted by 京都ノートルダム女子大学こども教育学科  at 14:23 │せんせいのたまごセミナー