2022年07月23日
環境教育の授業から―京エコロジーセンターで学ぶ未来の先生たち―

環境教育の授業で、「京エコロジーセンター」を見学しました。京エコロジーセンターは、地球温暖化防止京都会議(COP3)を記念して開設された環境学習、環境保全活動の輪を広げる目的を持った施設です。

館内には、環境教育や持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development)、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)について、見て・触れて・考えることができる様々な展示が用意されています。また、建物自体がひとつの展示として考えられており、太陽光パネルや雨水利用など、環境にやさしい工夫がされています。

当日は、環境に関わる内容について、スライドを使って職員の方にご説明いただき、その後、6人の学生に2人の環境ボランティアの方がついて、館内を案内していただきました。
学校教育の中でも、京エコロジーセンターのような社会教育施設を積極的に活用することが求められています。
メモを取りながら、環境ボランティアさんの話を真剣な眼差しで聞く学生たち。将来、先生としてたくさんの子供たちを連れて、地球の未来について、そして、自分たちの住む地域の環境について語ることができる。そのような人材が育っています。
佐藤真太郎
2022年07月15日
『特殊』『特別』そして『普通』
かつて障害のある子どもの教育は特殊教育と言われていました。平成19年4月からは、特別支援教育と位置付けられました。ところでその違いはどのようなものなのでしょうか?
今回は、言葉の意味から少し考えてみたいと思います。辞書(大辞泉)では、特殊は「性質・内容などが、他と著しく異なること」とあり、特別は「他との間に、はっきりした区別があること。他と、はっきり区別して扱うこと」とあります。つまり特殊は、他のものと全く異なり、一緒にできないことであり、特別は他と区別があるということになります。図にあらわすと次のようになります。特殊はカテゴリ―外にあり、特別は同一のカテゴリーの中にあります。

少し乱暴ですがこの言葉の意味を先ほどの特殊教育と特別支援教育に当てはめると、「特殊」教育は、小学校などの教育と全く別な教育と捉えることができます。また「特別」支援教育は、小学校の教育と同じ中で、障害に対する教育方法上の配慮をするものととれることができます。この違いはとても大きいのではないでしょうか。

普通の意味は、辞書(大辞泉)では「特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。」とあります。人の社会を見た時に、「普通」の社会とはどのようなものでしょうか。普通というと同じ人が集まっているように思えますが、全く同じ人はいなくて、価値観や性格、習慣、行動様式等々、それぞれが異なっているのが「普通」の社会です。つまり、他の人と同じでない特別な人が集まっているのが、普通の社会であるということです。

その普通の社会での、配慮について考えてみましょう。
光を感じることができる程度の視覚障害のあるAさんは、一人暮らしをしています。夜仕事から帰宅すると、Aさんは部屋の明かりをつけるでしょうか? Aさんは照明をつける必要性を感じないのでつけることはしません。このことは、Aさんの普通の生活です。夜チャイムがなり宅配の人が荷物を届けに来ました。そうするとAさんは玄関の明かりをつけました。これはどうしてでしょうか?
宅配の人のことを思ってつけたのですが、視覚障害のあるAさんが、障害のない宅配の人のことを思って配慮していたのです。『配慮』というとどうしても、障害のない人がある人にするというイメージが強いですが、その逆もあるのです。それぞれ違う人が一緒に社会を作っているときに、それぞれの違いを認め、どうしたら一緒に生活や行動できるかを考え、調整していくことが必要になってきます。この違いがあることを認め、その上に立って配慮という調整をするということは、特別な社会の在り方ではなく「普通の社会」なのです。この普通の社会は、言い方を変えればインクルーシブな社会と言えると思います。
江川 正一
2022年07月11日
講義紹介「保育実習指導Ⅰ」指導案作成(製作)
幼児教育コースの初めての保育実習は、2年生の夏期休暇中に実施します。その実習に向け、4月から「保育実習指導Ⅰ」の授業が始まります。今回は、その授業を紹介します。

実習では、実習生が1日のある時間帯の保育を担当する部分実習を行います。その際、前もって、指導案を作成する必要があります。そのため、授業では、指導案の書き方のポイントを学び、各自、指導案を作成します。実際に、その遊びを体験することで、活動のねらいや準備物、環境構成、活動の流れ、時間配分、活動時の配慮事項を具体的に考えることができます。そこで、この日は、「ぐるぐるへびを作って遊ぶ」ことを経験しました。

以下の①~④のように作っていきます。
①画用紙にうずまきを描く。
②へびの顔や模様を描く。
③はさみで黒い線の上を切る。
④ひもの先を丸め(玉止めにして)、
しっぽの先(中心)にテープで止める。

できあがったら、片付けをして、遊びます。
・ひもを持って、上下に揺らす。
・ひもを持って、左右に大きく振る。
・ひもを持って、その場で一回転する。
・ひもを持って走る。
・友だちと見せ合う。
遊んだ後は、指導案作成です。あそびの楽しさ、子どもに経験してほしいことを考えていきます。その中で、準備物として、画用紙の色や大きさ、厚さ、色を塗るもの、ひもの種類や長さなど、年齢や発達状況、これまで扱った経験を考慮し、教材研究をしっかりして、こどもに適したものを選択することも重要です。
また、準備物を用意したり片付けをするタイミング、作品が早く完成したり時間のかかっているこどもの時間差をどうするか等、検討しなければならないことがたくさんあることに気付きます。
石井浩子
2022年07月02日
昔の図工、今の図工
先日の「図工」(図工科教育)の授業で、「昔の図工、今の図工」について学習しました。

これは1910年(明治43年)に発刊された図画の国定教科書「新定画帖(しんていがちょう)」です。中身を見ると、図や模様、そして絵が並んでいます。こどもたちはこれらをお手本として模様や絵を描きます。描くというより写すという感じです。このような活動を「臨画」と呼びます。この活動を体験した学生の感想として、「難しい」「これを毎時間やるのは耐えられない」というものの他に「これはこれで楽しい」「嫌いじゃない」というのもありました。

これら「臨画」による教育も、大正に入り変化します。画家であった山本鼎(かなえ)が欧州への留学の帰路で、こどもたちが実際の景色やものなどを見て絵に表している姿に接します。現代では当たり前のこの姿は、山本には新鮮なものだったに違いありません。お手本を写すのではなく、見たものを感じたように、自分らしい表し方で表現するこれらの教育は「自由画教育」として全国に拡がります。
授業では次に今の図工科教育について学習しました。絵に表す題材は、風景や事物をもとに絵に表すものや、物語を絵にするもの、空想画など多様です。その一例を授業での学生作品で紹介します。

左の絵「ふしぎなたまご」は卵の中から飛び出した世界を想像して描きます。真ん中の「とろとろえのぐでかく」は一見普通の絵のように見えますが、絵の具に液体粘土を混ぜて描いた絵です。右の「光のさしこむ絵」は透明版に色セロファンやマーカーで描きました。それぞれに面白そうだな、やってみたいなとワクワクさせる工夫のある題材ですね。明治時代のこどもたちが見たら、さぞびっくりするのではないでしょうか。
(新定画帖の画像の内、1・3枚目は京都市学校歴史博物館からご提供いただきました。2枚目は個人蔵)
藤本 陽三

これは1910年(明治43年)に発刊された図画の国定教科書「新定画帖(しんていがちょう)」です。中身を見ると、図や模様、そして絵が並んでいます。こどもたちはこれらをお手本として模様や絵を描きます。描くというより写すという感じです。このような活動を「臨画」と呼びます。この活動を体験した学生の感想として、「難しい」「これを毎時間やるのは耐えられない」というものの他に「これはこれで楽しい」「嫌いじゃない」というのもありました。

これら「臨画」による教育も、大正に入り変化します。画家であった山本鼎(かなえ)が欧州への留学の帰路で、こどもたちが実際の景色やものなどを見て絵に表している姿に接します。現代では当たり前のこの姿は、山本には新鮮なものだったに違いありません。お手本を写すのではなく、見たものを感じたように、自分らしい表し方で表現するこれらの教育は「自由画教育」として全国に拡がります。
授業では次に今の図工科教育について学習しました。絵に表す題材は、風景や事物をもとに絵に表すものや、物語を絵にするもの、空想画など多様です。その一例を授業での学生作品で紹介します。

左の絵「ふしぎなたまご」は卵の中から飛び出した世界を想像して描きます。真ん中の「とろとろえのぐでかく」は一見普通の絵のように見えますが、絵の具に液体粘土を混ぜて描いた絵です。右の「光のさしこむ絵」は透明版に色セロファンやマーカーで描きました。それぞれに面白そうだな、やってみたいなとワクワクさせる工夫のある題材ですね。明治時代のこどもたちが見たら、さぞびっくりするのではないでしょうか。
(新定画帖の画像の内、1・3枚目は京都市学校歴史博物館からご提供いただきました。2枚目は個人蔵)
藤本 陽三